スイスのジュネーブで行った、
「核不拡散条約再検討会議の準備委員会」
にて、日本が署名を行わなったとのこと。
今まで署名を行なってきたはずなのに、
なぜ署名を行わなかったのか。
答えは簡単で、
周辺各国に色々な脅威が出てきた為だ。
と考えられる。
対外的にはアメリカの「核の傘」に頼るということが、
署名をすることで、
整合性が取れなくなってしまう為。
ということらしい。
ここで思ったのだが、
核を持つということは悪いと言い切れるのだろうか。
「持つ = 使用」ではなく、
自国民に対する脅威が発生した際、
その脅威を払いのける為に使用する。
という意味での保持であれば、
むしろ保持した方が良いと考える。
確かに保持することでいつでも使用できる状態になる為、
保持する国によってはとても危険だ。
基準を作るのはとても難しいと思うが、
現在脅威がある周辺各国が核を保持している以上、
自国民を防衛する為にも核を保持するという選択肢は
「間違っている」と言い切れないのではないだろうか。
四川省で発生した地震について
世界中で地震が発生している中、
以前にも大地震が発生した四川省で
また大きな地震が発生した。
死傷者・行方不明者は千人以上だという。
考えたくはないが、
今後は確実にその数は増えていくだろう。
今回の地震で、日本はすぐに救援の手を差し伸べたが、
中国は拒否した。
まだ救援を受ける段階ではないとのことだが、
尖閣諸島問題の絡みであるということは、
誰が見ても明らかである。
現地の被災者は救援を心待ちにしているにも関わらず、
なぜ国の体面を優先させるのだろうか。
国家としてではなく、まず一人の人間の行いとして、
考えたくもない行動だ。
確かに、戦時中であれば
そんなことは言っていられないかもしれないが、
今は戦時中でもないし、
少なくとも日本は中国に対して、
人的な被害を与える行いはしていないはずだ。
こういう時こそ手を取り合って、
困難な状況を打開し、
国と国の繋がりを高めていくのが、
何よりも良い行いだろう。
その中に、我々では到底考えられないような
大きな政治の力加わっていたとしても、
人命に勝るものは何もない。
人の命の重さに大小は存在しないのだから。
以前にも大地震が発生した四川省で
また大きな地震が発生した。
死傷者・行方不明者は千人以上だという。
考えたくはないが、
今後は確実にその数は増えていくだろう。
今回の地震で、日本はすぐに救援の手を差し伸べたが、
中国は拒否した。
まだ救援を受ける段階ではないとのことだが、
尖閣諸島問題の絡みであるということは、
誰が見ても明らかである。
現地の被災者は救援を心待ちにしているにも関わらず、
なぜ国の体面を優先させるのだろうか。
国家としてではなく、まず一人の人間の行いとして、
考えたくもない行動だ。
確かに、戦時中であれば
そんなことは言っていられないかもしれないが、
今は戦時中でもないし、
少なくとも日本は中国に対して、
人的な被害を与える行いはしていないはずだ。
こういう時こそ手を取り合って、
困難な状況を打開し、
国と国の繋がりを高めていくのが、
何よりも良い行いだろう。
その中に、我々では到底考えられないような
大きな政治の力加わっていたとしても、
人命に勝るものは何もない。
人の命の重さに大小は存在しないのだから。
北海道・暴風雪から娘を守るため10時間抱き続けた父の最期
猛吹雪の中、身を挺して娘を守って亡くなった父。
きっと現場が分からないからこんなこと言えるんだと思うけど、
もっと他の選択肢はなかったのかな…。と思う。
でも、
「自分が死んだら娘が一人になってしまう。」
「自分が守らないと娘が死んでしまう。」
という葛藤の中での最良の選択肢だったのかもしれないし、
自分も同じ状況に晒されたら同じ選択肢を選んだかもしれない。
ただ、残された娘さんのことを考えると、とても胸が痛くなる。
この先色々なことがあると思うが、
最後に、何にも負けない大きな愛情をくれた父親がいたことを思い出して、
強く強く生き抜いてほしい。
きっと現場が分からないからこんなこと言えるんだと思うけど、
もっと他の選択肢はなかったのかな…。と思う。
でも、
「自分が死んだら娘が一人になってしまう。」
「自分が守らないと娘が死んでしまう。」
という葛藤の中での最良の選択肢だったのかもしれないし、
自分も同じ状況に晒されたら同じ選択肢を選んだかもしれない。
ただ、残された娘さんのことを考えると、とても胸が痛くなる。
この先色々なことがあると思うが、
最後に、何にも負けない大きな愛情をくれた父親がいたことを思い出して、
強く強く生き抜いてほしい。